カスタマー平均評価: 3
静かに湧いてくる勇気が嬉しい 店頭に燦然と積み上げられた傑作キャラクター連作『eの悲劇』を思わず手にしてから3週間。「『日本国債』につぐ衝撃作」と言うあおりに、畏れをなして、開かないままの日々が過ぎましたが、意を決して読み始めた途端、開かずに放っておいた3週間が悔やまれました。 始めなければ終わらないし、終わったからと言って嘆くことはなく、また新しいことを始めればいい。 自分の人生は、自分で決断して切り開いて行くしかないのだと言うことを、こんなに静かに、優しく、しかも力強く教えてくれる作品に出会ったのは、久し振りのことです。 ミステリーとしては、殺人や暴力のない物語なのに、何故か、ハラハラしてしまうストーリー展開に、素直に入り込んでいける自分が嬉しかったのも事実です。「自分もまだまだ捨てたものじゃない」そう気付かせてくれる、温かな日溜まりの小説でした。 決して背中を押してくれるわけではなく、どちらかというと押し留めるような意図を込めた主人公の物言いや行動の中に、温かい励ましが隠されているのが感じられました。 主人公の篠山孝男が、いつか、自分の心の奥底にあるものに従って、今ひとたび、社会の光の中にでていく日の来ることを、信じて、連綿と続く続編を待っています。
さりげない優しさが漂う人間ドラマ 最近は何を読んでも、何処を向いても IT だらけで、機械オンチの人には理解できないことばかりです。 でも、この本は題名に似合わず、とても人間味というか人情味溢れる内容です。 『朝の似合う娘』という題にひかれて、そこから読み始めました。好きな人の為に一途になる女心・・・自分の娘とオーバーラップしながら、見つめる主人公の優しさ。 『2000年のシグナル』のラストシーンでは、思わず泣けてしまいました。茶髪のお兄さんにも人には言えない過去があり、それゆえツッパって見えるのです。行間からにじみ出る作者の優しさが、最近の若いひとにも期待を持てる、という気にさせてくれます。 『e の悲劇』と『イノセント』も短編の良さが現われています。 最近には珍しく、行間を楽しめる内容でした。
新しい形 単なる経済小説という意味ではなく、ひとつの物語として読むことができた。 経済を真っ向から書くことだけが現在の世の中を表現するわけではなく、こういった別の視点から捉える形があってもいいと思う。 主人公の挫折感に大きく触れる部分がないのは、作者の意図するところかどうかわかりにくかったが、仮にこれらの登場人物で今後新しい物語が語られるのだとしたら、それはそれで面白いかもしれない。 他の著作に見られる緊張感がみられないのは、少々物足りなさを感じた。 もう少し、登場人物の奥底に触れる部分があってもよかったかとも思われるが、著者の短編集は初めてだったので今後に期待したい。
ITブームに便乗しようとして乗り遅れた小説 率直に言って失望した。「日本国債」と同様、時流のテーマを表面的に扱って売ろうとするのがあまりにあざとい。著者は、小説をその程度のものと考え(つまり、時流に乗ったことを書いていれば売れる)、読者のレベルもその程度と思っているのだろうか・・・。 しかし、残念ながらITバブルははじけ、著者のもくろみは外れてしまったようだ。そうなると、人間ドラマなど、小説本来の領域がクローズアップされてくるはずなのだが、ここが、「日本国債」などと同様、非常に甘い。外資系証券会社をリストラされたトレーダーというと、著者本人を彷彿させるが、残念ながらリアリティに欠けた描写が多すぎる。「日本国債」で見られたディテールの誤りがさほどなさそうなのが救いだが。 以上、厳しいことを書いてきたが、これも著者の今後に期待するからである。高杉良氏的な「おやじの密談」系経済小説を覆すポテンシャルを、著者は持っていると思う。時流などを無理に追わずに、著者本人が重要だと思うテーマをじっくりと掘り下げて(例えば国債を扱うなら、国債と財政、債権バブルの合理性といったレベルまで切り込まなければ、単に流行を追ったと思われても仕方ないのでは)、含蓄のある小説を今後は書いてほしい。
流行を追ったものの、期待はずれ 「日本国債」に続き、今度はIT。流行を追うのはいいが、作者の知識や人物描写力がついていっていない。 人間を描こう、という姿勢は買えるが、他の作品と同様、相変わらず単純で非現実的な人間ばかり出てくる。外資系証券会社からリストラされた、という主人公のバックグラウンドは、何やら作者の境遇と重なるが、そこがうまく生かされていない。 全体的に、高杉良氏、江戸波哲夫氏といった従来型の経済小説の路線から抜け出せておらず、といって、高杉氏ほどの詳細な取材に基づいているものでもない。 ITを描くなら、もっとITの本質に迫りつつ(ITとマクロ経済の関係、ITと生産性との関係など)、スケールの大きなサスペンスにしてほしかった。日本のマイケル・クライトン、求む!! 幸田氏の次作にも期待したい。
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